マネージャーの仕事は、ポジティブな空気を作ることだ
組織に飛び交う言葉を、マネージャーが設計する
マネージャーの仕事のひとつは、組織にどんな言葉が飛び交うかを設計することだ。私は「愚痴を組織に持ち込ませない」と決めています。なぜそこまで直球に振り切るのか――その理由を、本記事に書きます。
組織戦略、評価制度、ロードマップ――マネージャーが意図して設計する対象は、いくつも語られてきました。一方で、「組織のなかで日々飛び交う言葉」を意図して設計対象に入れているマネージャーは、私の見立てでは多くありません。
ここを設計対象から外した瞬間、組織の空気は、勝手にネガティブな方に流れていきます。
1. ネガティブは伝染する。これは根性論ではない
人間の頭は、自分の意志とは別に、周りの言葉を取り込んでいきます。心理学でいうプライミングや情動感染と呼ばれる現象です。直前に触れた言葉や情報が、本人が意識しないところで、その後の思考や行動を方向づける。気合いで防げる類のものではありません。
ネガティブな言葉が日常的に飛び交う組織のなかにいると、本人が「自分は前向きでいよう」と思っていても、思考は静かにネガティブな方向に引っ張られていきます。ネガティブは伝染する。これは根性論ではなく、人の頭の仕組みに紐づいた現象です。
この前提に立つと、マネージャーの仕事の輪郭が変わります。「組織の空気を前向きにしましょう」という標語が要るのではなく、どんな言葉が日々飛び交うかを、意図して設計する側に回る、ということです。
2. 守り――苦境を伝えると同時に、次の一歩を置く
私が朝会などの場でやっている運用を、そのまま書きます。
組織が向き合っている事業は、いま簡単な局面ではありません。外部環境の需要が萎んでいて、見えている数字も厳しい。こういうとき、マネージャーには二つの選択肢があるように見えます。ひとつは、苦境を伝えず、前向きな話だけをする。もうひとつは、苦境を率直に伝える。
私は、後者を選びます。苦境を隠したまま「ポジティブに行きましょう」と言うのは、偽のポジティブです。組織の現状認識と、マネージャーの発言がずれていたら、メンバーは何を信じていいか分からなくなる。むしろ、信頼を落とします。
ただし、苦境を伝えるだけで終わらせない、というのが運用の核です。苦境を率直に伝えると同時に、必ず次の前向きな一歩をセットで提示する。「事業が苦しい」だけで終わらせれば、それは組織にネガティブな言葉を一つ投下したことになる。「事業が苦しい。だから、いま動かす一手はこれだ」と続ければ、同じ事実が、次の動きを生む言葉に変わります。
別の例も書きます。ある時期、私は組織に対して「ぬるま湯に浸かっている」と直球で伝えたことがあります。基準が下がっていると感じていた局面で、その認識を率直に共有した、ということです。
耳触りのいい言葉ではありません。ただ、その先に「だから、ここから基準を上げ直す。非連続な成長を追い求めるなら、基準が下がっているままでは戦えない」という次の一歩を、必ず置きました。
「ネガティブな声も組織には必要なはず。多様性を否定しているのでは」という反論はあるはずです。私が引きたい線は、批判的視点と愚痴の間にあります。批判的視点は、改善のために問題を指摘して、改善行動に繋げるまでをセットにした言葉です。これは組織に要ります。愚痴は、改善する意図のないまま、感情だけが供給される言葉です。これは要りません。
ぬるい心理的安全性――いわゆる仲良しこよし――は、組織を前に進める言葉を一つも生みません。退けるのは、ネガティブだからではなく、前向きな組織を作るための運用の選択です。
3. 攻め――愚痴を組織に持ち込ませない
守りの運用だけでは、いずれ負けます。マネージャーがどれだけ前向きな言葉を組織に置いても、ネガティブを供給し続ける人が組織のなかに居続ければ、プライミングは負けるからです。
念のために線を引いておきます。メンタル不調の吐露・体調不良の相談・弱音・困りごとの共有は、私が言う「愚痴」ではありません。むしろ、こうした声は組織として歓迎します。私が指しているのは、改善に繋げる意図のないまま、ネガティブな感情だけを供給し続ける言葉のことです。
愚痴を組織に持ち込ませない。
直球すぎる言い方ですが、私の中ではこれが基準です。愚痴を供給し続ける状態を、組織のなかに残さない。
ここで一番意識しているのは、採用です。採用では、後から外すより、入り口で見抜くほうが、双方にとってはるかにコストが小さい。
採用で、プライミング観点で見るポイントを一つ挙げると、Grit 力です。何度もうまくいかない状況に直面したとき、それでも前向きに動き続けてこられたか。Grit は粘り強さの話に聞こえますが、私が見ているのは、逆風の中でも、自分の中で言葉を腐らせずに次の一手を取りにいけるかどうかです。
ここを見抜くために、私が繰り返している深掘りの問いがあります。「粘り強くやった経験を教えてください」と聞いて、何かが返ってきたら、そこから掘ります。「いろんな経験がある中で、なぜそれを選んで話してくれたんですか?」「やりきるために、判断が一番難しかったことは何でしたか?」「他に選択肢はありましたか? あったなら、なぜ今回の選択を選んだんですか?」――この往復のなかで、私が見ているのは答えの華やかさではありません。受け答えの一つひとつに、意図がこもっているか。これだけです。意図がこもっている人は、うまくいかない状況でも、自分の頭の中で次の一手に翻訳していく型を持っています。これはプライミングと直接つながる要素で、私がネガティブな環境のなかでも、自分の頭の中の言葉をポジティブな側に保てる人かどうかを見るためのレンズになっています。
採用と違って、既に組織にいるメンバーには、外す選択は基本的に取りません。代わりに、「愚痴は組織に持ち込まないでほしい」と直球で伝えます。回りくどい言い方をしない、というのも、ここでの運用の一部です。直球で言える関係性そのものが、組織を前向きに保つ運用になります。
「採用でそういう観点で外すのは、ハラスメントに近いのでは」という反論も、ここで返しておきます。二段に分けて答えます。
ひとつ目。採用は、基準を明示した選別であって、感情ではありません。組織が大事にしている共通言語があり、その言語に沿って働ける人かどうかを、基準として見にいく。基準を明確に持ち、基準で判断する限り、それは正当な選別です。感情で人を判断するとハラスメントになりますが、運用で判断するのはハラスメントとは別物です。
ふたつ目。既に組織にいるメンバーには、外すのではなく、運用と評価の文脈で「愚痴は組織に持ち込まないでほしい」と伝えます。組織に入ったあとは、評価や 1on1 のなかで、その人の言葉のあり方に向き合う運用に切り替える、ということです。ただし、愚痴を口にしたから評価を下げる、ということはしません。評価は別の基準(成果、行動、貢献)で行います。
おわりに
ここまで、守り(環境整備)と攻め(人選び)の両側面を書いてきました。マネージャーが言葉の入口に立っている――この前提を、自分の中に置き直すところから運用は始まります。
明日試せる一歩を、ひとつ。明日、自分が Slack で最初に発する言葉、朝会の最初に置く一言を、意図して選んでみてください。組織のなかで最初に発される言葉は、その日の組織の空気を方向づけます。
組織の空気は、放っておくとネガティブの方に偏ります。だからこそ、空気を作るのが、マネージャーの仕事です。

